こんにちは、おかちゃんせんせいです!
前回の続きになります。
音楽に興味を持つようになったきっかけ『尾崎豊』 その1目次
初めてライブ映像が収録されたビデオを購入
高校生の時、尾崎豊のことについては歌は知っているものの、本人の映像は観たことがありませんでした。
なので、尾崎のことは一般的に言われている「10代の教祖」というカリスマ的なイメージがあった。
けれど、どんな想いで歌っているのか気になってきたとき、
「ライブの映像を観てみたい!」
と思った。
当時はDVDが流行していなかったので、購入したのはビデオテープ。
まだAmazonや楽天のようなサービスがなかったため、購入したのは確かBOOK OFFのような店舗で購入。
購入したのは、
約束の日 LAST APPEARANCE
本当は10代の頃のライブ映像が観たかったけれど、どこにも置いてなかったから仕方なく購入した気がする。
でも、その後テレビの特番で他のライブ映像を観ることができましたが、
「このビデオを買ってよかった!!」
と後々思えたのです。
その話は、次回以降で。
この街で僕はずっと◯◯◯ゆかなければ
これまでカラオケでも歌ったことあったし、CDやMDでも何度も聴いたことがありましたが、ライブ映像を観ることで認識が一転したことがあります。
それは、『卒業』にしても、『15の夜』にしてもこれまで何かに挑むように、反発するように、叫ぶ感じで歌っていました。
もちろんライブによっては尾崎がそのように歌っている時もあったようですが、ぼくが購入したライブ映像では叫ぶどころか笑顔で歌っているシーンも多くて。
そのシーンにすごく衝撃を受けて、「10代の教祖」なんて言われていたようですが、そんな印象はまったく受けなかった。
「どう歌うかではなく、その時に自分がどう感じたかを歌えばいいんだ」
というのを実感。
以来、自然とその時自分が感じていることに近い歌を聴いたり、歌ったりするように。
高校受験に失敗して浪人したとき、予備校のある名古屋駅まで電車で乗って通学していた。
まだどこに受験するのか決まっていなかったけれど、兄が一人暮らしをしていたので、自分も一人暮らしをしてみたいと思った。
けれど、一人暮らしをするなら国公立大学という条件があったので、当時興味のあった環境を研究できる国公立大学でいうと、調べた結果京大・筑波大・静大・横国・北大・信州大の6つ。
当時の思考では、京大・北大・横国はレベルが足りなすぎて無理。
信州大のある気候的に寒すぎて無理。
残る筑波大と静大で……といった感じで迷っていた。
ただ、そうなると必然的に一人暮らしをすることになり、20年近く住んだ故郷を離れることになる。
その事実に気付いた時、正直寂しさと怖さを強く感じていた。
だからか、『僕が僕であるために』の歌い出しを、口ずさんだり、脳内に流れてきたりすることがとても多かったことを思い出す。
心すれ違う 悲しい生き様に ため息もらしていた
だけど この目に映る この街で僕はずっと生きてゆかなければ
僕が僕であるために
今でも自分で歌ったり、音楽を聴いたりしていると、フッと当時のことを思い出すことがあります。
以前のような寂しさや怖さを感じるのではなく、電車の中から名古屋の街並みを眺めている時の自分のイメージがただ湧いてくる感じ。
他の曲を聴いても、それぞれ色々感じることがあるけれど、一番記憶に残っているのは『僕が僕であるために』なのかもしれません。
20代に作った曲との出会い
また、購入したライブ映像には、これまで聴いたことがなかった尾崎の20代に作った曲が収録されている。
スタートは『FIRE』で、一気にテンションアップ!!
中盤に演奏された個人的には尾崎豊の中で、一番のラブソングだと感じている『きっと忘れない』。
そして、終盤の『誕生』。
この曲との出会いで、カッコイイだけではない等身大の尾崎豊の一面を知り、より一層尾崎のことが大好きになったのです。
20代に作られた曲って、知名度は高くないみたいですが、個人的に気に入った曲は他にもいくつかあります。
『街路樹』『永遠の胸』『ふたつの心』などなど。
どれも聴いたことない方々には一度ぜひ聴いてみてほしい曲ばかりです。
次は、東京に進出以降の話について書く予定です!
『誕生』の話だけで終わりそうw