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【妄想小説】アヤメの花 3. 信頼

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【妄想小説】アヤメの花 2. 変容

信頼

一学期を締めるイベントである球技大会も無事に終わり、終業式を今週末に控えた火曜日のホームルーム。

今までにないくらい冬美のいる特待生クラスの教室は、どんよりとした雰囲気に包まれていた。

「「「……」」」

誰一人として口を開けることなく、ただじっと座り、ある一点を見つめている。

(先生……一体どうしたの?)

冬美はホームルームの時間になっても現れないおかちゃん先生のことが、気掛かりで仕方なかった。

なぜおかちゃん先生が現れないのか?

思い当たる節は、昨日のホームルームの時間でのやりとりしかなかった。



球技大会をぶっちぎりの優勝で終えた冬美たちは、幸せの絶頂にいた。

そんな中、今週末に終業式を迎える週の月曜日。ホームルームでおかちゃん先生から、学園祭の出し物を決めるように指示が出たのである。

「クラスで何をしたいかを話し合って、終業式までに俺のところまで報告に来るように。じゃあ、寺本と黒澤。あとの仕切りは任せたぞ」

「先生、一つ質問いいですか?」

「あぁ、いいぞ」

「どうせ俺たちの学校はレベル低くて、どうせ外部から来ないんだから、何もやらなくてもいいんじゃないですか?」

「そうだ、そうだ」

「そんなことより、先生の送別会について話そうよ」

「……」

冬美は一瞬いつも穏やかな先生の笑顔が歪んだように感じた。

その気配を冬美と一緒に学級委員になった、男子の寺本も感じたのか、二人同時に顔を合わせると——冬美から見て、寺本は真っ青な顔をしていた。

きっと自分もそうなんだろう、と思ったが、そんなことよりも一刻も早くこの話を切り上げる必要があると、冬美は焦った。

「みんな、ちょっと落ち着いて——」

「もちろん学園祭でやるもやらないも、君らの自由だ。俺には何も指図したり、命令したりする権限もない」

おかちゃん先生は、いつものようにゆっくりと話しかけてくれている——気がする。

しかし、いつものような熱さは先生からは感じずられず、真夏なのにクーラーが効いていないのにも関わらず、冬美はぶるっと肌寒さを感じた。

「だがな、そういうことなら俺の出番はないな……ちょっと用事を思い出したから、俺はもう抜ける。委員長、後は頼むな」

それだけ伝えると、おかちゃん先生はすぐに教室から出て行ってしまった。

誰も今のこの事態について把握できずにいる。

いつもならどんなイベントごとでも我先にと参加してくれた先生が、自らを身を引いていくことが信じられなかったのかもしれない。

「クッ!」

しかし、冬美だけは静止してしまった体を無理矢理動かして、先生を追いかけた。

「せんせーい! おかちゃん先生! ちょっと待ってください!」

冬美はダッシュで先生を追いかけ、追い越して先生の行く先を妨げるように立ち塞がった。

「黒澤か?」

「急にいなくならないでください。私たち先生がいなければ、私たちどうしたらいいか……」

「……大丈夫だ。きっとこのイベントこそが、お前たちのために動ける最後のチャンスなのだから」

冬美に言ったというよりは、自分自身に問いかけるように呟いたおかちゃん先生は、制止に来た冬美の横を堂々と通り過ぎて、そのまま廊下の先に姿を消すのであった。

先生を止めることができず、教室へと重い足取りで戻る冬美。
案の定、その後の話し合いでは意見すら出ずに、そのまま解散した。

(明日になれば、きっもいつも通りの先生に戻ってくれる。そして、またみんなで学園生活を楽しめるはずよ)

そう思うことでなんとか気持ちを落ち着けることができたのだが、その期待は裏切られる形となって今に至るのであった。





どれくらい時間が経ったかわからない。
数分のことかもしれないが、冬美にとってはもう何時間も待っている感覚がしていた。

そこへ教室に近付いてくる足音が聞こえてきた。

「おかちゃん先生!?」と誰かが叫んだ。

そして、教室のドアが開くと——入ってきたのはおかちゃん先生ではなく、理事長先生だった。
冬美たちは期待はずれの展開に一気に脱力し、その様子を見た理事長先生は苦笑いをした。

「今の君たちの反応と、彼からのお願いから、現状がよくわかりました」

「理事長先生、おかちゃん先生はどうしたんですか!?」

あゆみは血相を変えて、理事長先生に詰め寄る。

「今日は彼はこの学校には来ません。私は彼の代理としてここに来ました」

「そんなぁ」

あゆみは力なく床に座り込んでしまった。

「……今あなたたちはこう思っていませんか? 『なんでおかちゃん先生は来てくれないんだろう』と。その答えになるかわかりませんが、これからみなさんにこの学校の歴史と、卒業生のある青年について話したいと思います」

理事長先生は教卓の前に立ち、静かに語り始めた。

「この学校は創立当初から厳しい管理教育の基で、県内トップクラスの高い大学進学率を誇っている有名校でした。しかし、時代の流れからか次第に大学進学率は人気とともに急降下。そのタイミングで、私は教師としてこの学校に赴任。大人主体の管理教育に疑問を抱いていた私は、生徒主体の自由教育を提案しますが、当時はほとんど味方がおらず何も実現できない日々が続きました」

理事長先生が一息ついたところで、冬美もふぅと一息入れた。

「そんな中、今からちょうど14年前に受け持つことになった特待生クラスには、ちょっとした問題児の青年がいました。スポーツ選手として比類な才能を秘めていた彼ですが、高校受験で挫折してしまい入学当初から荒れまくっていました。他校との暴力沙汰もあったくらいに……。ところが、高1の夏休みを明けたら、その彼はまるで別人のように変わって、クラスのリーダー的存在になっていったのです。彼を中心にクラスはまとまりだし、みんなの個性が見られるようになってきたとき私は感動しました。しかし、彼はそれだけでは満足せず、『みんなで悔いのない最高の学園生活を送りたい』と言って、高2のときに当時なかった学園祭を企画し始めたんです。しかし、生徒に管理させたくない先生たちからは度々反発を受け、思ったように事は進みませんでした。そこで、私はなんとかみんなの役に立ちたいと思いその青年に言いました。『私が先生たちを説得するぞ』と。すると、彼は何と言ったと思いますか?」

「……お願いします、でしょうか?」と寺本がオズオズと遠慮がちに答えた。

冬美もそう思った。
学校の方針となると、生徒たちだけではどうにもならないことだから。

「そう思いますよね? 私も提案しながら頼ってくれるものだとばかり思っていましたよ。しかし、彼からの返事はちがった。『まだ自分たちでもできることがあります。先生は俺たちのことを信じて、いつものように見守っていてください』と。言われて恥ずかしかったよ。彼らのためだと思っていたことが、実はただ自分が満足したかっただけなことに気が付いてね。だから、私は彼らが頼ってくるまでは、近くで見守り続けようって決めたんです」

「それで……結局その後どうなったんですか?」

「……彼らはものすごく頑張りました。学校の規約をすべて理解しようとしたり、全校生徒にも呼びかけ続けたり、できることは全てやり続けた。けれど、それでも過去の慣習を変えることができず、彼らは卒業の日を迎えたよ……」

理事長先生が込み上げてくる想いをぐっと堪えているのが、冬美たちにも伝わってきた。

応援し、見守り続けた生徒たちが何も実現しないまま卒業することになってしまった——そのことが理事長先生はきっと悔しかったんだろうと、冬美たちは感じた。

「正直私はみんなに合わせる顔がないと思っていたよ。けれど、『彼らにならどんな感情でもぶつけられても構わない!』 そう決心して卒業式に臨んでみました。しかし、予想に反して驚くほど生徒たちは幸せそうに笑っていたのです。そして、その青年はみんなを代表して笑顔でこう言ってくれた——『最後まで俺たちのことを信じて、見守り続けてくれてありがとう。最高の高校生活だった!』と。あのときの光景は、今でも私は忘れられません」

理事長先生の目から不意に流れた涙を見て、冬美たちはついもらい泣きしてしまった。

「……なぜみんなにこの話をしたのか、伝わった子はいるかな? これ以上詳しい話を私の口からは言えません。けれど、これだけは覚えておいてほしい。君たちの担任の先生は、誰よりも君たちの可能性を信じていることを。君たちはどうですか?」

「私も——私たちも信じます。誰よりも……おかちゃん先生よりも、私たち自身のことを」

冬美は勢いよく立ち上がり、理事長先生に向かって堂々と、力強くそう宣言していた。
すると、スッと冬美の右手を握る温かい感触が伝わってきた。
パッと右手を向くと、立ち上がったあゆみが泣きながら笑顔で冬美を見つめていた。

そして、気がつくとクラスメイト全員が立ち上がっていたのである。

「岡田先生は——おかちゃん先生もどうやら最高の生徒たちに恵まれたようですね。これからどうするのか、もう一度君たちで考えてみてください。きっと今の君たちなら、私の教え子たちのように悔いの残らない最高の選択ができるはずですから」

そう話してくれた理事長先生の顔は、今まで見たことないくらい穏やかで——そして、幸せで満ち溢れた表情をしていた。

そのことが、冬美にとって印象強く記憶に残ったのであった。

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