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【妄想小説】アヤメの花 side 沙耶(後編)

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【妄想小説】アヤメの花 side 沙耶(前編)

side 沙耶(後編)

◎スタート

雫から両親や兄がどう思っているのかを知った沙耶の心は、後悔の念で一杯だった。
勝手に3人の想いを履き違えて認識していたり、素気ない行動をとりつづけてしまっていることに。

けれど、その一方でしだいに『何か私ができることをしたい!』という想いが溢れてきているのを、沙耶は感じ始めている。

「きっとなにかできるはずよ」

そう自分自身に沙耶は言い聞かせて、ペンをとり、夢中で絵を描き出した。
時々溢れ出す涙を左腕で振り払って、とにかくがむしゃらに。

そして、眩しさを感じて目を開けると、机にうつ伏せになっていた。

「あれ、私……いつの間に寝てたの?」

寝惚けた状態で周囲を見渡すと、部屋中に描いた絵が散乱していた。
枚数はカウントしていなかったけれど、50枚近く描いたようだ。

椅子の下に落ちている一枚の絵を取ろうとすると——肩から何かがずり落ちた。

「これは……お兄ちゃんの毛布だ」

同じ色の毛布を沙耶も持っていたが、拾ってにおいを嗅いだ瞬間にわかった。
きっとご飯も食べず、風呂にも入ろうとしないから、心配になって見に来てくれたのだろう。

今までの沙耶だったら、勝手に部屋に入られることは許し難い行為だったけれど、今日はそんな感じはまったくしない。
むしろ、どれだけ自分が大切にされているのかを実感し、その有難さに沙耶はまた涙したのである。


夜更かし明けだった沙耶ではあったが、重い体を起こして立ち上がる。
今日は大学が休みだから、朝からお店を手伝う予定だった。

時計を見ると、すでに兄は仕込みに入っている時間で、もうすぐ開店前。
そのことに気が付いて、慌てて着替えて店内に入ると兄がいた。
すると、「まず顔を洗ってこい」と第一声で言われ、ついいつもの癖で反発しようとしたら、ひょこっと赤ちゃんを背負った雫が沙耶と健の間に入ってきた。

「沙耶ちゃん、おはよう! 鏡見てきた?」
「いえ、見てないですが——!?」
「準備は私たちでやっておくから、ゆっくり支度してきてね」
「ごめんなさい、出直してきます!」

沙耶は雫からタオルを受け取り、猛ダッシュで洗面所に駆け込んで、鏡を見てみると——とても人前には出られない顔と格好をしていた。
昨日は散々泣いたり、夜更かししてまた絵を描いたりしていたから、目の下に隈が出来ていたのである。
格好も昨日の服のままで寝てしまっていたから、ヨレヨレになってしまっていた。

沙耶自身家族とは言え、人前に出るときに身支度をしないで出たことは、中学生以来記憶にない。

「と、とにかく。一度お風呂にゆっくり浸かるわよ」

普段なら、あり得ない自分の行動に勝手に自己嫌悪していたところだったが、今日はそんな感じは一切しない。
むしろ、ホッとしていると言うか、今までにないくらいの解放感を沙耶は感じるのであった。

雫の言葉に甘えて、自室でしっかり身支度を整えてから、改めて店の方に向かうと何やら泣き声が聞こえてきた。
声の感じからして、健と雫の赤ちゃんの泣き声よりも、だいぶ年上の女の子の泣き声のようである。

「どうしたの、健兄?」
「沙耶か、実は——」
「ヤダヤダ! わたしはあのつぶあんがたべたいの!」

すると、店内からさらに女の子の大きな泣き声が聞こえてきた。

「だから、さっきからお姉さんが言ってるでしょ! もう売り切れたって」
「ごめんね・・・今日はもうどら焼きしかないの。これでどうかな?」
「イヤイヤ!」

雫とおそらく泣いている女の子の母親と思われる女性が女の子を必死に説得しているが、まったく効果がなさそうだ。 つぶあんが本来なら置いてあるディスプレイの前で、一向に泣き止む気配がない様子だと沙耶は感じた。

「健兄、何で次々作らないの? まだこの時間なら在庫はあるでしょ?」

寝過ごしてゆっくりしていたとはいえ、まだお昼前。
いつもならどの商品も売り切れることなんて一度もなかったと、沙耶は記憶している。

「それがな・・・実は、ついさっきあのどら焼き1個を残して、全部売り切れてな」
「はぁ!? だって、まだお昼前よ! まさか作り量減らしたの?」
「そんなことはないぞ。さすがに自粛し始めた2年前からは量は減らしたが、今日だけ少ないなんてことはない。それに——仮に2年前と同じくらい作ったとしても、この減り方では昼過ぎには売り切れだろうな」
「本当!? でも、なんでだろう?」

そういったやりとりをしている最中でも、女の子が泣き止む気配はなく、雫と女の子の母親は困り果てている。
兄の健もつぶあんを作ってあげたいと思うものの、すぐに作れる状態ではないため、事の成り行きをただ見守るしかないと静観している様子だ。

それに対して、沙耶は今できることはないか必死に模索している。
(・・・何か私にできることはないかしら? 女の子が求めているものは用意できないし、代わりのお菓子も効果なし。何か——何かないかしら……ん?)

沙耶が何か女の子にできることがないか探していたところ、彼女の着ている服装がパッと目に留まる。
いろんな動物たちがプリントアウトされている服を着ている。
そして、彼女が背負っているランドセルには、動物たちのキーホルダーがたくさん付いていた。

(これだわ!)

あることを閃いた沙耶は急いで自室に戻り、絵描き用のペンセットを取り出し、再び店内に戻ってきた。

「どうしたんだ、沙耶? ペンなんて持ってきて」
「それは内緒よ。ねぇ、何も印字されていなくて、お菓子を包めるような紙って余ってない?」
「それなら——この紙ならあるぞ。こんなもの何に使うんだ?」

健は白紙の包み紙を、首を傾げながら渡した。

「それはね……こうするのよ!」

沙耶は健から包み紙を受け取ると、自室から持ってきたペンで一気に絵を描き始めのであった。
一方、その間もずっと泣き止まない女の子に女の子の母親もホトホト困り果てているようである。

「さぁ、亜季。もう帰りましょ」
「イヤ! わたしはたべたいもん!」
「もう! いい加減言うこと聞きなさい! 売り切れているって言ってるでしょ!」

亜季と呼ばれた女の子の右腕を握り、強引に外に連れ出そうとする。
しかし、女の子も負けじと地面座り込み、意地でも動こない姿勢を見せ必死に抵抗する。

「少しよろしいでしょうか?」
「「えっ?」」

そんな二人の間にスッと立ち、優しく声を掛けられた方向を二人は見ると——そこには先ほどはいなかった女性である沙耶がいた。
大人たちの説得にも一切反応を示さなかった亜季であったが、何故か沙耶の登場とともに泣き止んだ。

「ねぇ、亜季ちゃん。動物は好き?」
「……うん、すき」

沙耶はしゃがみ込み、亜季と目線を合わせた。

「じゃあ、うさぎさんは好きかな?」
「うん……あきはうさぎだいすきだよ」

優しい口調で話す沙耶の雰囲気に、亜季はだんだん落ち着きを取り戻していく。
その様子を見計らって、沙耶は背後に隠し持っていたものの感触を確認し、亜季の目の前に差し出した。

「わぁ! お姉ちゃん、これなぁ〜に!?」

亜季の目の前に差し出されたもの——それは、白い包み紙にウサギが描かれていたのである。

「これはね、亜季ちゃんが着ているその服に描かれてるウサギさんだよ〜。美味しい美味しい和菓子を大事に包むことができるのよ」
「かわいい〜!」
「そう? じゃあ、これは亜季ちゃんにプレゼントするね!」
「ほんとーに!? やったー! ありがとう、お姉ちゃん!」

包み紙にウサギの絵を描いただけで、彼女が求めていたつぶあんの饅頭ではない。
それでも、満面の笑みで包み紙を受け取り、大喜びではしゃぎ始めた。

「ねぇねぇ、おかあさん! あれかって〜!」
「あれって、どら焼き? つぶあんの饅頭でないけどいいの?」
「うん! あれをこのなかにいれて、おうちにもってかえるの! はやくはやくー!」

先ほどとは打って変わった自分の子どもの態度に戸惑いつつも、母親は亜季に手を引かれてケースの前にやってきた。

「すみません、どら焼き一ついただけますか?」
「はい、どら焼き一つですね。150円になります……はい、ちょうどいただきます。亜季ちゃん、じゃあウサギちゃんにどら焼き包もうと思うんだけど、手伝ってもらえる?」
「うん、いいよ!」

沙耶は亜希がどら焼きを包む手伝いをすると、亜季は真剣な表情で包み始めた。

「よし、これで完成ね!」
「わぁ、まるでぬいぐるみみたい!」

どら焼きを包むことで、より立体的になったウサギを見て、さらに亜季は大喜びである。

「明日以降にまた買いに来てくれたら、今度はつぶあんの饅頭を包む動物も描いてあげるからね」
「ほんと!? おねえちゃん、ありがとう! おかあさん、あしたもこようね!」
「はいはい、わかったわ。じゃあ、そろそろ帰ろっか?」
「うん! じゃあね、おねえちゃん!」
「バイバイ」

亜季は大事そうにどら焼きを包んだ紙を抱えながら、もう一方の手で母親を手を繋ぎながら店の外へと出ていく。
二人とも先程の騒動が嘘のように、側からみてもご機嫌の様子だ。

一連のやりとりを経て、沙耶の心に湧き上がるものがあった。
嬉しいとか、面白いとか、言葉で表現するのがとても難しい。

(なんだろう、この感覚。一度感じたことがある感覚であることは間違いないけれど……でも、とてもいい気分だわ)

親子がお店を出て行ってからもしばらく余韻に浸っていると、兄夫婦である健と雫は沙耶の元に近寄ってきた。

「お手柄だな、沙耶」
「健兄……」
「そうね。あの子のことも嬉しいけど、久しぶりに沙耶ちゃんの活き活きしている姿が見れて、私はとっても嬉しいわ。そこで、さっき健さんと話し合って、是非沙耶ちゃんにお願いしたいことがあるんだ」
「なんですか? 私でできることであれば何でもやりますよ!」

そう言って安請け合いしたことで後々思いもしない展開になることを、この時の沙耶は知るよしもなかったのであった。



亜季との一件があってから、1ヶ月が経った。
相変わらず沙耶は学校がない日はお店の手伝いをしているが、今までと状況は大きく変わっている。
その変化は沙耶だけではなく、沙耶の家族みんなにまで及んでいるのである。

それはなぜかと言うと——

「健さん、つぶあん店頭分なくなりました! まだ、在庫はありますか?」
「……今作っている分で最後だけどあるよ。あと……10分でできるかな」
「わかりました、お客様に伝えてみますね」
「店員さん、例のアート饅頭で、①と③をください!」
「①③のアート饅頭を2つですね? では、お代は300円になります」
「店員さん、私もこのアート饅頭①〜④まで1つずつ描いていただけますか?」
「はーい! 少々お待ちください。沙耶、今描ける?」
「ちょっと待ってね……うん。今からならいけるよ、和美!」
「了解! お代は800円になります。書いて欲しい絵は順番で対応いたしますので、そちらの列の最後尾に並んでいただけますか?」

お店は休む暇がないくらいの大繁盛中だ。
お店の外まで列ができていて、駐車場は常に満車な状況が続いている。

そのきっかけは、おそらく2つある。
まず1つ目は、あるインスタ投稿で沙耶が即席で亜季のために作った、どら焼きを包むウサギの絵が描かれた包装紙が可愛いと評判になったこと。
どうやらインスタ投稿したのが亜季の母親で、母親のインスタは1万人以上のフォロワーがいたことも人気に拍車がかかったようだ。

そして、もう一つは、健と雫から沙耶に提案があったアート和菓子の創作。
可愛い動物のデザインを沙耶に考えてもらい、健が饅頭で表現するアート饅頭。
これは通販でも大好評で、アート饅頭を作り始めてまだ1ヶ月も経っていないのに、半年先まで予約で一杯で、すでに一心堂の看板商品である。

さらに、希望者には和菓子に包む用紙に、沙耶が即興で希望する絵を描くサービスを開始したのである。
この即興サービスは沙耶がいるときしかできないわけであるが、健と雫が想像した以上に沙耶の絵を気に入ってくれる人が多く、問い合わせが殺到。
そこで、SNSで沙耶がお店にいる日——サービスを提供できる日を事前告知するようことになった。

その2つのきっかけによって、お店は毎日完売御礼。
明らかに人手が足りなくなったことを沙耶が嘆いていたら、大学の同級生である和美が臨時バイトとして手伝いに来てくれることになった。
さらに、お店の繁盛ぶりに触発されたのか、沙耶の父親が「和菓子を作りたい」と言い出し、健と和菓子作りを再開したのである。

ただ、一つだけ気がかりなのは、そもそも亜季が来店した日のこと。
特に近所でイベントごとがあったわけでもないのに多くの人が一心堂に詰めかけ、あっという間に完売してしまった理由だけは謎のままである。
とはいえ、そのことを考える暇がないくらいの繁盛しているため、沙耶は進路のことを忘れるくらい絵描きに熱中している。

「沙耶ちゃん、描き続けて疲れただでしょう? どこかで一息入れなよ」
「はい、雫さん! でも、いろんな絵を楽しく描かせてもらってるのが面白くて……もうすぐ完売だから、最後までやり切ります」

沙耶自身漫画家という夢を叶えることができたわけではないが、沙耶の描いた絵が父や兄、雫の手によって、アート饅頭という形で、新たな和菓子が生まれた。
そして、その和菓子によってたくさんの人のありがとうと笑顔が生まれたことに、沙耶は漫画家を目指していた時よりも多くのシアワセを今日も感じるのであった。

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